アドラーの続き
- 智子先生のブログ
アドラーは人間の最終的幸福を「共同体感覚」と言い表した。
「私とあなた」は、「家族」に含まれ、「学校・職場」に含まれ、「社会」に含まれ、「国家」、「人類」(過去現在未来)、「宇宙」(生きていようが死んでいようが、この宇宙全体)の一部であり、共に生きていく。
そして
「人生の意味は全体への貢献である」といいました。
ここまで来ると、一般的な心理学ではなく、なんか、宗教的にもなってくるので、
アドアドラーの心理学から沢山の人が去って行ったそうです。
さて、
共同体感覚になるために必要なことは、つぎの3つです。
①自己受容・・・ありのままの私を受け入れる。
大切なのは、何が与えられているかではなく、与えられたものをどう使うか!である。
短所は長所と置き換える。たとえば、臆病→慎重
②他者貢献・・・人に貢献していると考えられるとき人は幸せである。
他者を仲間と考える。
③他者信頼・・・他者に貢献するためには、他者を仲間だと信頼する。
*人を宇宙の一部と考えること。これは宗教でもよく取り入れられた考えですよね?
*人が死んだとき、神様から「この人生を楽しみましたか?」と質問されるそうです。
楽しみましたか、とは、結局人に喜ばれるようなことをしましたか?ということ。
魂が一番嬉しいのは人から感謝してもらう事、これが即ち楽しいことなんだそうです。
アドラーの心理学は、いかに生きるかに言及していることが当時、斬新だったのでしょう。
アドラーは教育にも熱心でした。
勇気づけの子育てを推奨します。
その反対の言葉として勇気くじき。
勇気くじき とは、できないことばかり指摘して、理想を高くイメージして、現実を引き算でしか見ていない。
勇気づけ とは、アドラーの教育論の基本である。
その子が、その人が、自分の課題に向かっていける気持ちを援助すること。
勇気づけのキーワードは「ありがとう」である。
*「ありがとう」と言う言葉は、あらゆる言葉の中で一番パワーがある。と、聞いたことがあります。
これですね!
褒め言葉、たとえば「えらかったね」は、上から下へ向かっての言葉である。
あらゆる人間関係は対等! 褒めるのも、叱るのも、失礼に当たる。
あらゆる対人関係は、対等な横の関係がベースになる。
*そうよね、魂的には年齢は関係ないものね。
私ももし、今、子育てをしなさいと言われたら、勉強しなさいって言わないだろうな。
アドラーは褒めすぎは良くない!と、言われる。
ほどほどにはほめてあげたい。また、できないことをあげつらえたりしない。
そして、ありがとうという言葉を沢山使いたい。
*三遊亭歌之介の落語の中にこんな話があるのを思い出しました。
皆が塾に行く中、塾にも行かないのに成績の抜きん出いた女の子がいた。
先生が調べてみると、その子の家は貧しく、お母さんはろくに学校に行けなかった境遇だった。
その子は学校から帰ると、お母さんにその日習ったことを全部お母さんに話して聞かせる。
お母さんは「そうなの、そうなの。」と、喜んでそのこの話を一生懸命に聞く。
それを毎日繰り返していたというわけです。立派な復習ですよね。
「勇気」くじきにあったとき、自分に価値がないと思わずに、しっかり自分の意見を言う。嫌われる勇気を持つ。
小さな共同体から切り離されたとしても、より大きな共同体がある。
「人生の意味はあなたが、自分自身に与えるものだ。」
一般的な人生の意味はない。
たとえ困難な中にあっても自分の人生の意味は自分で決めることができる。
その困難を克服することができる。
困難な人生の中にあってなお、態度決定をすることができる。
あなたがそれを選んでそうしているのである。
*は私自身の言葉です。
アドラーの心理学の話を今日も聞いていただきました。
ありがとうございました。
今日もありのままの自分を受け入れ、生きていこうと思います。笑