優しいお年寄りになりたい
- 智子先生のブログ
今朝の朝日新聞。
読者投稿欄の「ひととき」
認知症になって8年目のお母さん。
施設に入られ元気に暮らしておられる。
お母さんは認知症が進んで、言いたいことを表現できないようになり、もどかしそうにされることもある。
しかし、感覚的に発した言葉に、はっとすることも多い。
先日は、お母さんをたずねたら、娘である投稿者の手をやわらかく握って
「宝物」といわれたそう。
娘さんはなんと返したらいいかわからず、ただお母さんを抱きしめていた。
お母さんはうれしそうにされていた。・・・
まあ・・・なんかジーンときますね。
昨日の話から、何十年とたって、
小さかった娘がお母さんの面倒を見る立場になっているシチュエーション。
いつまでも、暖かくていい関係の親娘。
お母さんは認知症になられているけど、とってもおっとりとした、かわいらしい、おばあさんになられている。
ああ、いいな~・・・
できれば私もそんなぼけ方をしたい・・・
といっても、現実はそうはいかない。
うちの母は、人生の週末期では、かなり厳しいことを私にいってくるようになったな。
薬が言わせることだから・・・と、割り切ろうとするけど、やはりぐっさりと心に刺さった。悩んだし、悲しかった。
どうしたの?楽しくて面白い人だったのに・・・
しかし、うちに診療に見える認知症の患者さんが、いろんなわがままや、訳のわからないことを言われても、
冷静に笑って済ませることができる。
でも、それが自分の親だとしたら・・・冷静に対処できなくなるのかも。
80歳代くらいになったら、好むと好まざるとに関わらず、ほとんどの人は認知症になるというデータあり。
と、わかっていても、人はどこかで、自分の親に限って・・・
と思ってしまうらしい。
しかし、自分の親といえど、一人の病を得た老人。
これを忘れないようにしなくちゃ。
同じ認知症でも、かわいいお年寄りになるのも、みんなを困らせるようなお年寄りになるのも、
自分の意思ではどうしようもない。
そうそう、自分が老人の仲間!?になってしまった今。
自分はどうか?認知症になるとしても上記のような、優しいおっとりとしたお年寄りになれるか?
自分の本質が出るとしたら・・・私は?ううう・・・ちょと、いや、かなり心配です。
でも、まだ来ぬ未来のことで悩見、心配するのは時間の無駄!!
どちらになっても受け入れるしかない。神様の言うとおり。
とにかく、今日を、今をしっかり生き抜こうじゃありませんか!