新着情報

一つの人生の真理を学ぶ

  • 副院長のブログ

私が、高校生だったころ。

日本は戦後から立ち直り、高度成長期に差し掛かる頃でした。

私たちは団塊の世代の終わりか、次の世代くらい。

戦後、日本はみんな貧しくて、いろんな物資が不足していた。

そんな中から豊かな幸せな生活を自らつかみ取るためには・・・

学生は一生懸命に勉強して、よい?大学に入り、よい?学部に入ることこそが、幸せになる唯一の道だと、多くの人たちが信じていた。他に思いつく?

学校の先生も学生も。

だから、私が受験生だった時。

高校の先生たちは偏差値を上げることに躍起になり、

われら従順な学生は、先生に追従し、忍耐して!?いやいやでも勉学に励んだものでした。

幸せになる道は、それが一番手っ取り早く、そしてわかりやすかった。

幸せになる道は、ほかにもたくさんあったのだろうけど、世間知らずの受験生は、それ以外考えが及ばなかった。

勉強していい成績をとり、よい?大学、良い?学部に入ることこそが幸せな人生を生きることができるんだ!

心からそう信じていた。

そして、そんな何も知らない受験生が親となり子育てするとき。

そう、私が子育てするとき。

やっぱり、子供たちが幸せな人生を送るには、しっかり勉強してよい?大学や、よい?学部に入ることだと思い込んでいた。刷り込まれていたのね。

私もだけど、主人も同じように育てられてきていた。同じ考え。

だから、私は子供たちに勉強しなさい!と言いまくったと思う。

長男は言った。「お母さんは子供たちに勉強させていい成績をとらせて、自分が満足したいだけだ!」

その頃の若い母親の私には反論できなかった。そう言われて自分でもどうしてなのかわからなかった。

あの頃の未熟なお母さんを許して。

幸せな人生を送るには勉強しかないと思いこんでいたんだよ。

ところが、うちの次男はその幸せまっしぐらの道から、どうしたことか、はぐれてしまい、まったく勉強しない生徒になってしまった。

母親の私は焦った。

次男はもう幸せな人生を歩めないのではないか?

次男が幸せでないとしたら、母親である私も不幸せ。

そう思い込んで、何とか勉強させようと、泣いて説得したり、たたいたり(今なら警察や自動相談所がくるかも)、先生や心理学者に相談しに行ったり、ありとあらゆることをしまくった。

しかし、何をしても無駄だった。次男は勉強しなかった。

そして、私ら親子の関係は最悪だった。

そんな次男が、やっと受かった私立の薬学部を卒業して、薬剤師となった。

それから数年たった時。次男は管理薬剤師になったり、東洋医学を勉強して漢方の専門薬剤師の資格を取ったり、あれ?なんかもう一つ資格を取った?とか言ってた。

あの、勉強嫌いでどうしようもなかった次男。その次男が、こんなに勉強して立派になって・・・(涙)

この歳になって私は悟りました。人生の真理を知りました。

人は、人生において、自ら学ぼうとする時が必ず来る。それは親が決めるものでは決してない。親はそれをそっと見守って待てばいい。

だから、もし、5人の孫たちのうち、勉強ができない子がいても、勉強が嫌いな子がいても、このおばあちゃんは慌てない、否定しない、認める。

そして親に言ってあげるからね。

「心配ないよ、この子自身に任せてごらん。きっとほおっておいても自分から勉強するときが来るよ。」

認めない親から守ってあげる。

ああ、この真理を早く悟っていれば・・・また人生は大きく違っていったかも。

親子関係ももっとよきものになっていたかも。

いやいや、今まで苦しみ悩んでこそ、学べたことなんだと思う。

人生心理は、ちょっとやそっとで腑に落ちる・・・なんてないのでは?

ある程度の長い時間、学びが必要なのではないだろうか?

それくらい深い意味、価値があるのだと思う。

人生をかけて学ぶことは、ちょっとやそっとでは腑に落ちない。

娘にけがさせたこと。次男が喘息がひどかったこと。

それらから、約20年かけて学んで解決した。真理を知った。

だからね、何か事が起こっても、あまり慌てなくていい。

どっしりと構えて、このおばあちゃんの言葉を思い出して。

「大丈夫!なんとかなる!」

慌てふためく前にしっかりご飯を食べて、頭をクリアにして働かせて、その時すべきことを、粛々としてこなしていけばいい。

すぐには結果は出ないけど、こつこつこつこつ、自分にできることを積み重ねる。

そのコツコツはいつか解決にたどり着くから!

なあんて、ことを今日は思ったのでした。フフフ・・・

 

 

ページトップへ戻る